瑞牆の「神の時代」と聞いてピンとくる人は少ないのではないでしょうか。
瑞牆山の「顔」、十一面岩正面壁にひしめく大物マルチピッチ群の陰にひっそりと、しかし一度見れば容易には忘れられぬ存在感でたたずむシングルピッチのクラックです。
いつか登りたいとは思っていたものの、かなり奥まったアプローチの遠さと割れ目から元気に飛び出た緑の草を見た記憶から、なかなか取り付く機会がありませんでしたが、11月の頭に同じくルーフロックスタッフの茜さんが神の時代を登るパートナーを探していると聞いて飛びつきました。
朝、植樹祭の駐車場でギアを選んでいると、このルートをフラッシュしているU氏にばったり会って立ち話をしたのでいきおい気合が入ります。
通い慣れた正面壁へのトレイルを歩き、やや急なルンゼを上がって白クマのコルまでちょっとした山登りをこなすと件のクラックが待っています。
久しぶりに見上げたクラックには草も水流もありません。茜さんが今年何度か通ってきれいに掃除をしてくれていたそうです。
強烈な寒さを覚悟してきましたが、意外と日当たりもよく無風で言い訳のできないベストコンディション。

ラジオ体操とi-VOUで入念にアップをして気持ちを整えたオンサイトトライはしかし、出だしのシンクラックでプロテクションに手こずってあえなくフォール。細すぎる割れ目(というよりも切れ目)に気圧されてしまいました。
すっかりパンプした腕でテンションをかけながらも、何とかトップアウトして分かったことは、このルートの素晴らしいクオリティでした。
的確なナッツセットが求められるシンクラックの下部、ムーブが複雑でフェース力も試される中間部、そしてホッとするハンドからワイドの要素も出てくる上部という盛りだくさんの内容。
じっくりと休んだあと、次のトライで登りきることが出来ました。
終了点からは降りたての白い雪を冠した北アルプスまでもが見渡せて、改めて瑞牆が好きだなぁ、としみじみ。

しっかりと山を歩いて良いルートが登れたときの喜びはひとしおです。
瑞牆には数多くの素晴らしい高難度クラックがありますが、その中でも格別の一本だと言い切れます。もっと登られていい、いや、登られるべきルートだと感じました。
すぐ後に茜さんも華麗な登りで完登し、二人揃って最高の気分で下りはじめました。
末端壁のあたりまで来たところで太陽が壁を真っ赤に染め、紅葉と相まって山が燃えていました。日は短くも一年で一番好きなこの季節は、世界中の魅力的なエリアを差し置いてでも、やはり瑞牆山で過ごしたくなってしまいます。
王鞍